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遺言が無効になる代表的なケース
ご親族が遺された遺言書の内容に、どうしても納得がいかない。「本当に故人の意思なのだろうか?」そのような強い疑念を抱かれている方もいらっしゃるかもしれません。遺言書は、故人の最終的な意思を示す重要なものですが、法的に定められた要件を満たしていなければ、その効力が認められない場合があります。
遺言が無効となるケースは様々ですが、特に争点となりやすいのは、主に以下の3つのケースです。
- 遺言能力の欠如:遺言作成時に、認知症などにより内容を理解し判断する能力がなかった場合。
- 方式の不備:法律で定められた形式(自筆、日付、署名、押印など)を守らずに作成された場合。
この記事では、弁護士の視点から、これらの遺言の無効事由について、具体的な判断基準や必要となる証拠、そして法的な手続きの流れを詳しく解説していきます。ご自身の状況と照らし合わせながら、読み進めてみてください。自筆証書遺言の有効要件については、自筆証書遺言の有効要件もご参照ください。
遺言能力の欠如|認知症などを理由に無効を主張する場合
遺言の無効が争われる裁判で、最も大きな争点となるのが「遺言能力」の有無です。遺言能力とは、簡単に言えば「遺言の内容を理解し、その結果どうなるかを判断できる能力」のことを指します。民法では15歳に達すれば遺言ができると定められていますが、年齢だけでなく、この意思能力が遺言作成時に備わっていることが絶対条件となります。
「故人は生前、認知症と診断されていたから、この遺言は無効なはずだ」と考える方も少なくありません。しかし、法的な観点から言えば、「認知症=遺言能力なし」と直ちに判断されるわけではないのです。認知症の症状には波があり、遺言書を作成したまさにその瞬間に、遺言能力が備わっていたかどうかが問われます。たとえ長谷川式認知症スケールなどの医学的指標で点数が低かったとしても、それだけで直ちに無効となるわけではなく、あくまで判断材料の一つとして考慮されるに過ぎません。
より詳しい遺言能力の判断基準については、認知症と遺言能力の判断基準でも解説していますので、併せてご覧ください。
裁判所が遺言能力を判断する際の具体的な考慮要素
裁判所は、遺言能力の有無を判断するにあたり、単一の事実だけでなく、様々な要素を総合的に考慮して、遺言作成時の遺言者の精神状態を推認します。具体的には、以下のような点が重要な考慮要素となります。

- 遺言作成時の心身の状態:医師の診断書やカルテ、入院先の看護記録、介護施設の介護記録など、客観的な医療・介護の記録が極めて重要視されます。
- 遺言内容の複雑さ・合理性:すべての財産を一人に相続させるといった単純な内容か、それとも複雑な分割方法を指定しているか。なぜそのような内容の遺言をしたのか、合理的な動機が説明できるかどうかも問われます。
- 遺言者と受遺者(財産を受け取る人)の関係性:生前の関係性が良好で、財産を遺すことに自然な理由があるか、それとも突然特定の一人に多額の財産を遺すような不自然な点はないか、といった点が考慮されます。
- 遺言作成の経緯や動機:遺言者が自らの意思で作成準備を進めたのか、それとも受遺者が積極的に関与していたのか。特に、受遺者の主導で遺言作成が進められた場合、遺言者の真意が反映されていない可能性が疑われることがあります。
これらの要素を多角的に検討し、遺言者が遺言書を作成した当時、本当に自らの意思でその内容を決定できたのかを判断していくことになります。
【判例解説】遺言能力が認められたケース・否定されたケース
実際の裁判では、どのように判断されているのでしょうか。遺言能力が争われた具体的な判例をみてみましょう。
【遺言能力が否定されたケース(公正証書遺言でも無効と判断)】
司法書士の立会いの下に作成された公正証書による遺言が認知症により遺言能力を欠き無効であるとして争われた事案です。遺言作成の半年程前の時点での改訂長谷川式簡易知能スケールの点数は20点、遺言作成から約9か月後の長谷川式簡易知能スケールの点数は11点とされていました。裁判所は、認知症の症状が進行していたこと、遺言の内容が遺言を無効と判断しました。その理由として、裁判所は、遺言内容が複雑であったこと、長年遺言者と同居して介護に当たり、養子縁組もしている被控訴人らに一切の財産を相続させず、控訴人に遺贈するという内容であること(内容が不合理であること)等を考慮し、遺言能力を欠いていたと結論付けました。(東京高判平成22年7月15日タ1336号241頁)
【遺言能力が肯定されたケース】
過去の遺言の内容を改めてなされた、土地を子どもに相続させるという遺言について、アルツハイマー型認知症が中等度から高度に相当する認知症に進行していたと考えられること、遺言の内容を改めるような合理的理由はないとして無効が主張された事案です。裁判所は、「遺言能力の有無の判断については、一般的な事理弁識能力があることについての医学的判断を前提にしながら、それとは区別されるところの法的判断として、当該遺言内容について遺言者が理解していたか否かを検討するのが相当であ」るとし、「主として①遺言時における遺言者の精神上の障害の存否、内容及び程度、②遺言内容それ自体の複雑性、③遺言の動機・理由、遺言者と相続人又は受遺者との人的関係・交際状況、遺言に至る経緯等の諸事情を総合考慮する」との判断枠組みを示しました。その上で、遺言者が少なくともアルツハイマー型認知症の初期症状の様子を呈していたとしいたものの、重度ではないこと、遺言の内容は明確であって複雑なものではないこと、遺言を取消し、新たな遺言を決意することは十分に考えられる等の事情を考慮し、遺言能力がなかったとまではいえないと判断しました。(広島高判令和2年9月30日判時2496号29頁)
これらの判例からわかるように、公正証書遺言だからといって絶対的に有効とは限らず、個別の事情に応じて遺言能力の有無が厳格に判断されるのです。
遺言無効の主張に不可欠な証拠|種類と収集方法を徹底解説
遺言の無効を法的に主張するためには、単に「おかしいと思う」という主観的な感情だけでは不十分です。「遺言能力がなかった」「方式が間違っている」といった無効事由を、客観的な証拠に基づいて裁判所に認めてもらう必要があります。特に遺言能力の欠如を主張する場合、証拠収集が極めて重要になります。ここでは、どのような証拠を集めるべきか、そしてそれをどうやって収集するのかを具体的に解説します。遺言無効を主張するための法的要件を立証するためにも、的確な証拠収集が不可欠です。
集めるべき証拠リスト【チェックシート付】
まずは、どのような証拠が有効となりうるのか、網羅的に確認しましょう。ご自身のケースで収集可能か、チェックリストとしてご活用ください。
| 証拠の種類 | 証明できる可能性のあること | チェック |
|---|---|---|
| 医療記録(診断書、カルテ、看護記録、検査結果など) | 認知症の進行度、判断能力の程度、せん妄の有無など、遺言作成時の精神状態 | □ |
| 介護記録(介護認定調査票、ケアプラン、サービス担当者会議の議事録など) | 日常生活における言動、理解力、記憶力の状態、徘徊などの問題行動の有無 | □ |
| 遺言者本人の筆跡がわかる資料(日記、手紙、メモ、過去の契約書など) | 遺言書の筆跡との比較。自筆証書遺言の場合、本人が書いたものではない可能性 | □ |
| 生前の言動に関する記録(家族のメモ、録音・録画、メールなど) | 遺言内容と矛盾する発言、判断能力の低下を示す具体的なエピソード | □ |
| 金融機関の取引履歴 | 遺言作成前後の不自然な出金、受遺者による財産の使い込みの可能性 | □ |
証拠の具体的な収集方法と注意点
証拠リストを基に、具体的な収集方法と注意点を見ていきましょう。
医療記録・介護記録の開示請求
相続人であれば、病院や介護施設に対して、被相続人(故人)の医療記録や介護記録の開示を請求できるのが一般的です。ただし、病院によってはプライバシーを理由に開示を拒否することもあります。また、医療記録には法律上の保存期間(カルテは5年など)があるため、早めに行動することが重要です。
金融機関への取引履歴開示請求
相続人であることを証明する戸籍謄本などを持参すれば、金融機関で被相続人の取引履歴を開示してもらうことが可能です。これにより、不自然な資金の動きがないかを確認できます。具体的な相続財産調査の一環として進めることになります。
弁護士会照会(23条照会)の活用
ご自身での収集が難しい証拠も、弁護士に依頼することで入手できる可能性があります。弁護士は、受任した事件について、弁護士会を通じて官公庁や企業、病院などに必要な情報の照会を行う「弁護士会照会(弁護士法23条の2)」という制度を利用できます。これにより、当事者からの開示請求には応じてもらえなかった記録でも、回答を得られるケースが少なくありません。
証拠収集は、遺言無効の主張の成否を分ける非常に重要なプロセスです。何から手をつけてよいか分からない場合や、収集が難航する場合には、専門家である弁護士にご相談ください。
公正証書遺言でも無効に?証人の欠格事由とは
「公正証書遺言は、公証人が作成に関与するから絶対に安心だ」と思われがちですが、実はそうとも限りません。公正証書遺言を作成する際には、2人以上の証人が立ち会う必要がありますが、この証人になれない人が法律で定められています。これを「証人欠格事由」といい、欠格事由に該当する人は証人として扱われないため、適格な証人が2人以上そろっていない場合、公正証書遺言の方式不備として無効が問題となります。

民法第974条では、以下の者が証人になれないと定めています。
- 未成年者
- 推定相続人、受遺者(遺贈を受ける人)、並びにこれらの配偶者及び直系血族
- 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人
これは、遺言作成に直接的な利害関係を持つ人が関与することで、遺言者の自由な意思決定が妨げられるのを防ぐための規定です。より具体的な公正証書遺言の作成手順においても、この証人の選定は非常に重要なポイントとなります。
【具体例】この人は証人になれる?なれない?
では、具体的にどのような人が証人になれないのでしょうか。判断に迷いやすいケースをみてみましょう。
- 遺言者の長男(推定相続人):なれません。推定相続人そのものです。
- 遺言者の長男の妻:なれません。「推定相続人の配偶者」に該当します。
- 財産を受け取る予定の孫(受遺者):なれません。受遺者そのものです。
- 財産を受け取る孫の親(遺言者の子):なれません。「受遺者の直系血族」に該当します。
- 遺言者の弟:ケースバイケースです。遺言者に子がおらず、親もすでに亡くなっている場合、弟は推定相続人となるため証人にはなれません。一方で、遺言者に子がいる場合、弟は推定相続人ではないため証人になることができます。(ただし、利害関係の観点から避けるのが賢明です)
- 内縁の妻:法律上の配偶者ではないため、原則として証人になることができます。ただし、受遺者となる場合は証人にはなれません。
このように、誰が法定相続人や受遺者にあたるのかを正確に理解した上で判断する必要があります。
証人欠格者が立ち会った遺言の効力と裁判例
証人欠格者を除くと適格な証人が2人に満たない状態で作成された公正証書遺言は、方式不備として無効が問題となります。公証役場で遺言を作成する場合、通常は公証人側で適格な証人を用意してくれるか、司法書士などの専門家が証人となることが多いため、このようなミスは起こりにくいのが実情です。しかし、遺言者自身が知人などを証人として手配した場合に、こうした問題が発生するリスクが潜んでいます。遺言の内容に疑いがある場合は、作成時の状況、特に誰が証人として立ち会ったのかを確認することも重要です。
参照:民法の条文
遺言の無効を主張するための手続きの流れ
遺言の無効を主張するための証拠が集まり、法的な主張の目処が立った場合、具体的にどのような手続きを踏むことになるのでしょうか。いきなり裁判を起こすわけではなく、段階的な手続きを経るのが一般的です。

- 相続人間での協議
まずは、他の相続人に対して遺言が無効である旨を主張し、話し合いでの解決を試みます。ここで全員が遺言の無効に合意すれば、遺言はなかったものとして遺産分割協議を進めることができます。 - 家庭裁判所での遺言無効確認調停
話し合いで解決しない場合は、家庭裁判所に「遺言無効確認調停」を申し立てます。調停は、調停委員を介して話し合いを進める手続きです。ここで合意に至れば、調停調書が作成され、法的な効力を持ちます。なお、遺言無効の争いは、いきなり訴訟を起こすことはできず、必ず先に調停を経なければならない「調停前置主義」がとられています。 - 地方裁判所での遺言無効確認訴訟
調停でも合意に至らない(調停不成立)場合、最終的には地方裁判所に「遺言無効確認訴訟」を提起することになります。訴訟では、当事者が証拠に基づいて法的な主張を戦わせ、最終的に裁判官が判決を下します。
なお、自筆証書遺言を発見した場合は、これらの手続きの前に家庭裁判所での「検認」という手続きが必要になるのが原則です。ただし、検認は遺言の有効・無効を判断するものではないため、検認を経たからといって遺言が有効になるわけではありません。
まとめ|遺言の有効性に疑問を感じたら、まず弁護士にご相談を
ここまで、遺言が無効となる代表的なケースや、その主張に不可欠な証拠収集、法的な手続きの流れについて解説してきました。
遺言の無効を主張することは、法律の専門知識と客観的な証拠がなければ非常に困難です。特に、遺言者の亡き後、遺言作成時の判断能力を立証することは、早期の対応が重要です。医療記録や介護記録といった重要な証拠は、時間の経過とともに散逸・破棄されてしまうリスクがあるためです。
もし、あなたが遺された遺言書に少しでも疑問や不信感を抱いているのであれば、一人で抱え込まず、できるだけ早く専門家である弁護士に相談することをお勧めします。法的な観点から遺言が無効と主張できる可能性があるのか、そのためにはどのような証拠が必要か、そして今後どう進めていくべきか、具体的な道筋を示すことができます。
虎ノ門法律経済事務所柏支店では、相続問題に注力しており、遺言の有効性を巡る紛争についても経験とノウハウを有しております。注力分野については初回のご相談は1時間無料で承っておりますので、まずはお気軽にご状況をお聞かせください。ご事情を踏まえ、適切な解決方法を一緒に検討してまいります。
